ムーンライトの感想

言葉にするのが難しい

やるせない気持ち、どこにぶつけていいかわからない感情が、心の中に沈殿するような映画だと思った。 冒頭、シャロンはクラスメイトたちからの攻撃を逃れて、廃屋に逃げ込む。逃げ込んだはいいけど、結局そこに立てこもって、待つ以外のことができない。このシーンが、映画全体と相同の形を成しているのだと思う。 抑圧と暴力から逃れようと、外部との遮断をしても、そこには孤独しかなくて、救いの道筋が見失われてしまう。 冒頭のフアンの助けも、終わりのケヴィンとの繋がりも、どちらも一時的な助けにすぎないのかもしれない。けれど、私たちは誰もが皆、一時的な救いや一次的な幸せを心と体の支えにして生きているのだ。その時すがるものがあるということが、どれだけ価値があることか。永遠の愛なんて大それたものは、現実にはない。でも、ほんの少しの支えと、そのつながりを幸せに感じる心は、きっと誰にも手の届き得るものなのだと思う。そして、そのほんのささやかな物でさえ、なかなか手の届かないところに追いやられる人が、世の中にはたくさんいるのだと思う。

母親

母親を上手にできない人物は、いろんな映画に出てくる。で、この作品の母親がまた強烈で、主人公の人格形成をゆがめた張本人の一人だと思うのだけど、たびたびこの母親がシャロンに対して「一番大事」「愛している」というのは、本心なんだろう、という風にも感じられて、そこがまた辛い。愛情があるということが、必ずしも相手の幸せにつながっていない、というか、愛情と執着は紙一重だというか。 全く褒められた母親ではないし、驚くほど怖い。それでもどこか、この方を憎めない感じがするのは、自分の中にも、この人と同じような壊れた要素があるように思うから。

1人のシャロン

3人のシャロンは年齢が違って、だから姿も違う。なのに見ているうちに、自然と同一人物に見えてくるのがすごいなと思った。とくに、iii Black。体を鍛え、貧弱で弱かった過去の自分とは決別し、ヤクの売人という汚い仕事とはいえ、成り上がり、部下を翻弄するほどの力を持って、見間違えるほどの変貌を遂げたように最初は思う。だけど、会話などを通して、どんどん少年時代の面影が姿を見せる。ああ、この人は本当にシャロンなんだ、と感じさせる。無口で気弱で、内面に孤独を抱える一人の少年の記憶が、全身から溢れてくる。立派な体格と堂々とした態度の裏側のものを感じさせてくれる。

わからないものをわからないと思いつつ、胃の中に入れる

スッキリできる映画じゃない。もやもやする映画だと思う。もやもやせざるを得ない映画だと思う。だってあれは、現在進行形で解決されていない問題を、そのまま切り出したようなところのある映画だから。あんな風に苦しんでいる人はきっとたくさんいるんだと思う。そういう現実の背景を見たときに、安易な解決を映画に与えることなんて、できない。ただひたすら下唇を噛みながら見た。わからないところ、たくさんあって、そういうわからないものをわからないまま、心の中に置いておくような映画なんだろう、きっと。